神経(歯髄)のない歯で被せ物(クラウン)が装着されている場合、虫歯になっても痛まないことが多く、虫歯に気が付いた時には治療ができないくらいひどくなっている場合があります。図1はクラウンが脱離して来院された患者様のレントゲン写真で、歯根周囲の歯槽骨よりも深い位置まで虫歯になっており(矢印)、通常は抜歯となります。
しかし健全な歯質を歯肉の外側まで引っ張り出すことができれば、歯肉からの水分や出血などの影響を受けずに被せ物(クラウン)を確実に歯質と接着させることができるので、歯の長期保存が可能です。
歯根を引っ張り出すには、歯根をゴムの力で牽引する必要があります。図2のように隣在歯にフレームを装着し残根状態の歯にフックを取り付け、ゴムで牽引します。
図3は歯根を約5ミリ牽引した直後の写真です。歯肉も一緒に移動するので、後で余計な歯肉を切除する必要があります。図4のレントゲンを見ると歯根が右隣の歯より下方に大きく移動していることが分かります。牽引した直後は歯槽骨と歯根との隙間が大きくなって動揺するため2~3ヶ月保定期間が必要ですが、歯槽骨が再生し歯根の動揺がなくなったら被せ物(クラウン)を装着することができます(図5)。
今回の症例のように歯肉よりもかなり深い位置まで虫歯になった場合は、その歯を抜歯してブリッジもしくはインプラントにする方法が一般的ですが、条件が良ければ歯を保存することができるかも知れません。ただこれほど大きな虫歯になる前に治療をしていれば簡単な治療方法で済み、治療期間も短縮することができます。それにはまず定期的な検診を受けて早めの対処をするよう心がけましょう。
図1 術前のレントゲン.矢印の位置まで虫歯が進行しており、この状態で歯を残すことは困難
図2 隣在歯にフレームを装着し、歯根をゴムで牽引
図3 歯根牽引後.歯肉も移動するので、クラウン装着前に歯肉を整形する必要がある
図4 牽引後のレントゲン.図1と比較して歯根が大きく移動していることがわかる
図5 歯肉整形後、セラミッククラウンを装着